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卑弥呼

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卑弥呼




 安田靫彦「卑弥呼」(1968年作 滋賀県立近代美術館蔵)
 画伯の没後50年に達していないが、敢えて引用させていただいた。お詫び申し上げます。この作品は「王昭君」とともに私の心に焼き付いている作品である。衣装、髪飾り、背景が調和している傑作だと思う。綿密な時代考証がなされている。


 私はあくる日の午後、園田に導かれて空を飛んで劇場に入り込みました。舞台は「卑弥呼と阿国」の大団円の場面で、群舞が演じられていました。中央に連城小百合の卑弥呼と凰佐久良の阿国が並んで華麗な舞いを披露していました。その周りを仙女、翆園、華龍、麗華、笙子たちが取り囲み、新阿国座のメインキャストが勢揃いしていて、会場には贔屓の役者への掛け声が響きわたり、その熱気が2階席まで伝わってきました。


 先生、今日も満員ですね。出雲が舞台劇の中心地になりましたね。

 よかった。私も嬉しい。

 それにしても、九州の卑弥呼が合流するとは思いませんでした。連城小百合という役者、風格がありますね。堂々たる舞台ですね。

 予想以上だ。これからが楽しみだ。

 役者の志願者が集まってきますね。

 湖笛だけでは追いつかなくなる。演劇の学校が必要になる。その点、三朗も考えていると思う。

 里見オーナーが言われた負の掛け算がこの地で実現しましたね。

 私もそのことを考えていた。あの夜、雷が落ちたのはどうしてなのか・・・。

 えっ、そう言えば・・・。私は、その春子先生の予言をあの日先生にお伝えしたのですが、そんなことまで考えていませんでした。

 卑弥呼がよく知っているような予感がする。

 卑弥呼 ?

小百合だよ。

 えっ、どうしてですか。

 いや、あくまで予感だ。今日来たのはそれを確かめるためだ。

 確かめる ? どうやってですか。

 姿を見ていれば自然と分かる。

 えっ。

 私はずっと透視していた。背後の姿を。

 それで、何か・・・。

 掴めた気がする。連城小百合の背後には卑弥呼が常に取り付いている。

 それと雷とはどういう・・・。

 難しい。・・・天に集積した地上の邪気があの日雷となって落ちた。

 私にはよく分かりませんが・・・。

 つまり、そのことをよく知っているのが卑弥呼。卑弥呼はアマテラス。その化身が小百合。ということは、再びあの現象が起こらぬように庇護しようとここにやってきた。・・・火の鳥、ニケ、観音様、アマテラス。すべてがここを聖地と思って集まってこられた・・・。新しい神話が
ここから始まる。

 先生、それが本当だとすると、奇跡ではないですか。
 
 いや、奇跡とか偶然ではない。私は、天の声としてそう感じただけだ。
 
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ここは・・・? !

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ここは・・・? !





 おい、おい、私をどこへ連れて行こうとするのか。いつの間にか私の体が霧のようになって輪郭がぼやけてきました。墓の中の空き家が住み心地がよかったのに、どこかへ飛んで行きつつありました。おーい、園田はどこに居るんだ。返事してくれ。妻も治子も千恵子も三朗もすべて呼びました。返事はありません。次第に私の体は気体のようになって、自分でもしかと見えなくなったのです。そして、また暗黒の世界の中に落ちて行きました。ブラックホールの中に吸い込まれていくのか、いや、負の重責する世界か。負だって ?  だとしたらとことん戦おう。私の意識はそう覚悟していました。長い、長い暗いトンネルのようなものが私を包んでいました。
 そして、その底へどしんと落ちた感覚が体を捕らえました。ここはどこだ。目を凝らして見ていると、闇の世界の奥から少しずつ光が差してきて、周りのものの輪郭が現れてきました。

 
 ここは、どこだ。誰か答えてくれ。おい、誰かいないのか。ここはどこだ。・・・ん、ここは、いつか来たことが・・・。確かに私が以前見つけたあの空き家の居間でした。

 誰か、誰か居ませんか。・・・何度も問いかけると、奥の部屋から誰かが現れました。

 陶山さん、ここの家の居心地はどうですか。

 あっ、貴方は長柄さんじゃないですか。

 いえ、私は、管理人の新田です。私の名前を忘れたのですか。

 貴方こそ・・・、私は畝本です。

 いや、貴方は陶山さんです。間違いありません。

 そんな・・・。

 ここの合鍵を貴方に渡しました。

 鍵 ?

もう返したはず。

 いや、いや、持ってらっしゃる、そこの内ポケット。

 ポケット ?

そうです。

 ほ、ほんとだ、ありました。

 ということは、貴方は陶山さんに違いありません。

 ご縁市場は・・・。

 ご縁市場 ?

そうです。昔の小学校です。

 廃校になった小学校はありますが、ご縁市場とは言いませんね。

 ここはどこですか。

 長野です。諏訪市です。

 諏訪 ?

諏訪神社のあるところです。

 タケミナカタだ。

 よくご存知ですね。

 奥方はヤサカトメの神です。

 タケミナカタが私を呼んだ・・・。

 面白いことを仰いますね。

 私は出雲から来ました。

 ええっ、貴方は諏訪のお方のはず・・・。

 違います。出雲で死んで、ここに・・・。

 そんな、貴方は、れっきとした諏訪の人です。

 庭に椋の木があるはずです。

 ええ、あります、あります。大変な老木です。推定樹齢一千年とか言います。

 それから、ここの家の家族はどこに・・・。

 それが、死に絶えました。私が、親戚の私が家の管理をしています。ある日、貴方がふらりとやって来て、家を貸せてくれと仰ったんですよ。庭の草の掃除をしていただいて、感謝してます。

 えっ、そ、そうですか。

 とぼけたっていけません。ほら、綺麗になった庭がそこに・・・。・・・私は、動揺する心を支えきれずになっていました。

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宿善の助くるによって・・・

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宿善の助くるによって・・・




 新緑の椋の木。地味な華が咲き、小さな実をつける。秋になると黒く熟して、鳥が食べたりする。食用で甘い実である。




 園田が突然諏訪まで来てくれて、その後の出雲のことを話してくれました。

 ・・・私はそのままです、転生などしていません。先生は転生されてまたここで生きて行かれます。ああ、奥様ですか、ええ、ええ、お嬢様と一緒に暮らしておられます。ご縁劇場 ? ええ、ええ、あります、あります。出雲市はそのため人口が増えました。出雲大社の平成の大遷宮と時期が重なって、相乗効果と言いますか、連日ものすごい人出です。

 園田、私はここの地の空き家にまた生まれてきたとか言うが、現実感が全くない。その証拠、地理的な知識がない。どこに何があるのか分からない。それから私の家はどこにあるのか、ないのか、・・・全く・・・。

 それはご不自由ですね。どこへなりとお連れします。車などなくてもどこへでも・・・。

 そうか、それはありがたい。じゃ、近くのお寺へ連れて行ってくれないか。

 お寺 ?

そうだ、和尚と話したいことがある。

 今まではお宮とご縁がありましたが、今度はお寺ですか。

 いいじゃないか、無性に法話が聞きたくなった。

 分かりました。では、すぐ近くに禅寺がありますので・・・。法外寺と言います。

 ほうがい ? 法の外 ?

さすがお気づきのようですね。禅の真の教えは法の外にあると仰っているとか聞きます。

 面白い。では、よろしく。・・・私はテレポーテーションのように瞬時にお寺に移動しました。

 どちらから来られたかな、と和尚は白ひげをしごきながら尋ねました。

 私は出雲から来ました。

 ほほう、出雲から。過去世は出雲で・・・。

 ところで座禅の経験は・・・。

 いや、全く。

 では、座禅から始めましょうか。

 私は、ご法話を伺いたいのですが・・・。

 話して分かるものではない。

 そういうものですか。

 修証義をご仏前でお唱えしましょう。そこから感じていただきましょう。そうしているうちに身内に力が漲り、ここでの貴方の働きの助けとなると思います。生きる方向も見えてきましょう。・・・では、お経本をお貸ししますから私につけてお読みください。・・・生を明らめ死を明らむるは仏家一大事の因縁なり、生死の中に仏あれば生死なし、但生死即ち涅槃と心得て、生死として厭ふべきもなく、涅槃として欣ふべきもなし、是時初めて生死を離るる分あり、唯一大事因縁と究尽すべし。人身 得ること難し、仏法値ふこと希なり、今我等宿善の助くるに依りて、 已に受け難き人身を受けたるのみに非らず遇ひ難き仏法に値ひ奉れり、 生死の中の善生、最勝の生なるべし、最勝の善身を徒らにして露命を無常の風に任すること勿れ。無常憑たの み難し、知らず露命いかなる道の草にか落ちん、身已に私に非ず、 命は光陰に移されて暫くも停め難し、紅顔いずこへか去りにし、尋ねんとするに蹤跡なし、熟つらつら観ずる所に往事の再び逢うべからざる多し、無常忽ちに到るときは国王大臣親昵従僕妻子珍宝たすくる無し、唯独り黄泉に趣くのみなり、己れに随い行くは只是れ善悪業等のみなり。

 
 ・・・方丈さん。

 なんですか。途中で尋ねないでください。

 ・・・方丈さん、ここです、ここです。「今我等宿善の助くるに依りて、 已に受け難き人身を受けたるのみに非らず遇ひ難き仏法に値ひ奉れり。」・・・方丈さん、ここです。「宿善」とありますが、私もそういうお助けがあったのでしょうか。

 ありましたから、貴方はここに・・・。勿論、お父上、お母上の「宿善」もあったと思います。
 
 母の「宿善」・・・。

 そうです、そうです。諏訪は尊い命の故里です。

 えっ、そうですか。・・・それでは・・・、私は、ここでも・・・、ここでもしっかり生きます。

 よかった、よかった。その言葉を待っていました。

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私の棲家は・・・

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私の棲家は・・・





 奥入瀬の滝

無料ホームページ作成用素材 フリー素材屋Hoshinoより借用、多謝)

 空き家の管理人は、長柄さん、・・・ではない。誰だっけ。私は、最初は心地よかった空き家住まいに少しだけ違和感を持つようになっていました。ですから、早く我が家に帰りたくなりました。管理人、確かに貴方は私がずっとここ諏訪の人間だったと言っていた。けれど、私には全く記憶がない。だから、私の家はどこですか、とはっきり尋ねたい。ああ、そうだった。方丈さんに尋ねればよかった。などと考えながら二、三日そこで過ごしました。すると、ある朝、当の本人が訪ねて来ました。


 陶山さん、住み心地はいかがですか。・・・そうだ、忘れてた。食べ物はどうしていらっしゃいまかすか。

 ありがとうございます。近くのコンビニと百円ショップで何とか手に入れました。あのー、長柄さん、じゃなかった、あのー・・・。

 新田です。覚えておいてください。

 ああ、そうでした。新田さん、まさかここが私の家ではないでしょうね。

 それはこの前言った通りです。貴方はここが気に入って、借りたいと・・・。

 ああ、そうでした。新田さん、そうすると、私の家はどこにあるのでしょうか。それとも無いのでしょうか。教えてください。

 ふらっとやって来られたんで、どこのお方かよく分かりません。

 いや、貴方は私に諏訪の人間だと仰ったはず。

 あっ、そうでした。ええ、どう言ったらいいんでしょうか。誰かから聞いたんだと思います。空き家にやって来た人は、諏訪の裏滝の人だと・・・。その人は確かにそこで貴方を見たとか言ってました。

 裏滝ですか。

 そうです。

 どこにその町はあるんだすか。

 そうですね。ああ、ここから南を眺めますと、一際大きな山が聳えていますね。

 ええ、そうですね。

 500メートルくらいあると思います。あそこの谷を登っていくと、大きな滝があります。滝の正面から見ても見えないんですが、滝の裏には古い隧道があります。その奥に進みますと急に視界が開けてきます。のどかな村が広がっています。別天地ですね。浮世離れしている感じです。そこが裏滝の村です。

 桃花源記みたいな感じですね。

 そうです。桃源郷です。

 もしかして、そこに入ると出ることができないとか・・・。

 いや、そんなことはないと思います。現に貴方は出てこられた。

 面白い。行ってみたい。

 そうですか。じゃ、これから私の車で・・・。

 どうも・・・。

 断っておきますが、私は隧道には入りませんよ。

 ああ、やっぱり、何か怖いところなんだ。

 いや、村にはたくさん住んでいるので、そんな雰囲気ではないと思いますが・・・。

 新田さん、私の家があるところです。早く行きましょう。私はどうなっても構いません。

 分かりました。じゃ、すぐに・・・。・・・まもなく車が空き家の前に止まりました。新田さんがドアを開けてくれました。車はまっすぐに南の山に向かって走り出しました。私は次の章句を思い出していました。

「・・・初め極めて狹く, 纔かに人を通すのみ。 復た行くこと數十歩, 豁然として開?。土地平曠として, 屋舍儼然たり, 良田美池桑竹の屬有り。 阡陌交も通じ, 鷄犬相ひ聞ゆ。 其の中に往來して種作するもの, 男女の衣著, 悉く外人の如し, 黄髮 髫を垂るも, 並に怡然として自ら樂しむ。・・・」

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女神の村

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女神の村




フランツ・ヴィンターハルター作「春」


 車を降りると、私は滝の裏に回りました。裏から見る滝は、轟音を立てて大きな水の帯が垂れ下がっているようなゾクッとするような眺めでした。隧道の中に私は一人で入って行きました。中は意外と明るく、遠くに出口がぽっかり浮かんでいました。・・・出口近くに行くと、誰かが私を呼んでいるような気持ちになりました。名前を呼んだのではなく、お帰りなさい、お疲れ様、というような声に聞こえました。やっと出口に出ました。村里の目がくらむような初夏の日差しが私を迎えてくれました。見たところどこにでもあるような田舎の田園風景でした。声はどこから・・・。私は声のする方向へ歩き始めました。暫くすると、藁葺きの小さな家が見えてきました。周りの家は瓦葺の立派な家ばかり。ここだ、確かにここから聞こえてくる。誰だ。誰なんだ。私は恐る恐る家の中に入って、小声でこんにちはといいました。すると、奥のほうからお帰りなさいという声。私はその声の主が考えていたイメージとは違って、若々しい女性の声だったので、一瞬電気に打たれたように体全体が硬直しました。現れた女性はどこかで見たことのある人でした。


 陶山さん、お帰りなさい。

 あっ !! 貴女は、れ、れんじょう、さ、さゆりさん !!

ああ、連城小百合さんですか。あのお方と私は何の関係もありません。他人の空似だと思います。小百合さんはまだ出雲でご活躍ですから転生はしていません。私は全く別の人間です。

 そ、そうですか、すみませんでした。で、ここは私の家ですか。

 そうですよ。

 えっ、じゃ、私と貴女の関係は。

 はは、別に関係はありません。

 でも、ここから、お帰りという声が確かに・・・。

 私が呼んだのです。

 ど、どうしてですか。

 どうしてと仰っても分かりやすく説明する自信はありません。強いて申し上げますと、貴方のお母さんがお生まれになった家です。双子の姉妹の一人が出雲に嫁いで、あなたをお産みになった。もう一人は占いの先生。・・・そのことはご存知だと思います。

 それで、貴女はどうしてここに・・・。

 また、どうして・・・、ですか。・・・そうですね。空き家になっていたので、私がお借りしただけです。

 じゃ、私はここで貴女と一緒にこれから生活することに・・・。

 いや、転生された貴方は今までもここで暮らしていらしたのです。

 貴女と一緒にですか。

 いや、そう言うと誤解を招きます。私はこの村の司祭です。村人たちは女王と言いますが、私はそういう言い方が好きではありません。ここの家の裏庭には代々受け継がれているヤサカトメの命の祠があります。・・・だから、私は祠の神の鎮護、そして、村人の幸せのためにここに通っています。

 じゃ、ここで一緒に暮らしてください。

 それは求婚の言葉ですか。

 そうです。

 御免なさい。司祭は結婚できません。いずれ、素晴らしいお方が現れると思います。私はそれを望んでいます。

 そうですか。・・・私はここでも宿善、・・・と言いますか、皆さんのために努力します。そして立派な・・・。

 ・・・村にしたいのですね。そのお気持ちは尊いと思います。立派です。しかし、この村では、何々のために努力する、精進する、という努力、そのための競争はしない掟になっています。自由にのびのびと暮らしていく、いや、決していい加減ということではなく、生きることを楽しむことがベストの生き方だと私は諭しています。ですから、この村には不満とか、対立とか、そういう醜いものは一切ありません。

 私には生きる目標が必要です。何のために生きるかということです。

 陶山さん、どうか、ご自分のために生きてください。お願いします。利自即利他です。

 今日はこれで失礼します。

 どこにお住まいですか。

 いずれお分かりになると思います。

 もう帰るんですか。

 そうです。・・・貴方は食事を作ることがお出来になるはずです。

 多少は・・・。

 食材は準備してあります。それでは失礼いたします。また、明日参ります。

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女王の棲家

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女王の棲家




 ROMNEY, George(1734-1802)作 「 Lady Hamilton」」

 この絵のモデルの名はエマ・ハート。後に駐ナポリ英国大使ウィリアム・ハミルトンの妻となって「ハミルトン夫人(Lady Hamilton)」と呼ばれたが、ナポレオンのフランス艦隊を2度も撃破したイギリス海軍の英雄ネルソン提督の愛人としてヨーロッパにその名を馳せた絶世の美女である。貧困家庭の出身であるが、天与の美貌を利用して男から男へと渡り歩く生活を送るようになった。ロムニーはこの17歳の娘の傑出した美貌に驚嘆し、彼女をモデルにたくさんの肖像画を描く。この絵はそのうちの1枚で、男を誘惑して弄ぶ魔性の女神キルケをエマに見立てて描いた寓意的肖像画である。



 彼女が女王 ? 私は不思議でなりませんでした。類まれな美貌の持ち主だが、多数の人の前に立つような人物には考えられませんでした。どこか親しみを感じる雰囲気で、私のことをよく知っている様子なので、自然に近しい「家族」を感じてしまいました。この女性なら本当に一緒に住みたいと・・・。そんな言葉がつい出てしまったのです。だから、どこに住んでいるのか知りたくなりました。この村のどこかに一人でつつましく暮らしているに違いない。いや、案外、数名の女性神官とともに女の城に立て篭もっているのかもしれない。・・・そんな思いが膨らんできました。狭い村のこと、すぐに家を見つけられるに違いない。私はそう思い立って、外に出ました。そして、通りがかりの女性に声をかけました。


 あのー、そこの家のものですが、司祭の女王様は普段どこにお住まいですか。

 えっ、・・・ああっ、貴方は最近どこかへ長らく出かけてなさったんで、誰かと思いました。ああ、そこのお宮のある家の・・・。

 そうなんです。思い出していただいてどうも・・・。で、どこにお住まいですか。

 それを知ってどうなさるんですか。

 いえ、ちよっと伝えたいことがあるんです。

 またまた、変な気持ちを起こして・・・。

 いやいや、そんなことは・・・。

 ははっ、冗談ですよ。・・・そうだねえ。・・・居場所ねえ、私は、いや、この村の誰も知っていないと思うけど・・・。

 えっ、ど、どうしてですか。

 いやね、朝になるとどこからとなくすっと出てくるんで・・・。まるで、この世のものではないような感じがするけど・・・。

 そうですか。じゃ、どなたも知らないという・・・。

 そうだね。時が経つとそれが当たり前のようになってきて・・・。

 当たり前・・・。

 そうだよ。そうだ、お前さん、今日もお勤めに来るから、会えるじゃない。

 まっ、そうですが。

 そのときが待てないとか・・・、はははっ。

 からかうのはよしてください。


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天上の最終戦争 1

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「民衆を導く自由の女神」ドラクロア作(1830年) ルーヴル美術館

 この絵はあまりにも有名すぎて、説明のしようがない。ただ原題は「民衆を導く自由」だそうである。どうして日本では「女神」が付いたのか。当時自由という概念が定着していなかったからであろうか。私はこういう絵は分かりすぎて掲載するのに気恥ずかしさを感じる。色彩の面での配慮、動きのある構図。とまれ、ドラクロア作品を代表する傑作である。


司祭が帰ってきましたので、私は急に落ち着かなくなりました。司祭は庭の奥の祠に入ると、儀式のためにしばらく出てきませんでした。私は、朝食の片付けをすばやく終えて、お茶の準備をしておきました。・・・しかし、待てよ、今日の司祭の顔は何か思いつめているような感じだったなあ。私はそう思って、少し不安になっていました。私は、座卓に揃えたお茶の道具をじっと見つめていました。すると、司祭が居間にもどってきました。


 あっ、ありがとうございます。・・・司祭は私の前に座りました。私は、お茶を注ぎました。

 私は、貴女をどう呼んだらいいでしょうか。

 私の名前ですか。・・・ないです。今までどおりでいいですよ。

 今までどおり ?

あら、忘れたんですか。

 ・・・。

 母さん。母さんでいいですよ。

 母さんと呼んでたんですか。

 そうですよ。貴方が以前急にそう仰った・・・。

 そうでしたか。母さんですか。

 照れくさいなら、・・・茅乃でもいいですよ。

 茅乃さんですか。じゃ、これからそう呼ばせていただきます。

 お茶、おいしかったです。じゃ、失礼します。

 茅乃さん、もう帰るんですか。

 ええ、お勤めが終わりましたので・・・。

 茅乃さん。

 何でしょうか。

 何か、心配事でも・・・。

 心配事 ?

何だか思いつめているような・・・。

 貴方には関係のないことです。

 出来ることなら、何でもします。

 貴方にはできません。いや、頼めません。

 貴女が、・・・もうここに来なくなってしまうような・・・。

 ははっ、そういうことはありません。

 ごまかさないでください !!

・・・そうですか。そう仰るなら・・・。これから戦いが始まります。

 ど、どこで・・・、どんな・・・。

 貴方にだけお話ししますが、神の世界です。・・・私の住処は天上です。そこに、異形の神たちがたくさん出てきました。続いて起きる地上の暗い事件はその神たちの仕業だと思います。

 私も戦わせてください。

 地上のお方は天上では戦えません。

 連れて行ってください。

 お気持ちはありがたいです。しかし、天上に昇るには一旦死なねばなりません。

 私は、私は、貴女といっしょに戦いたい。

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天上の最終戦争 2

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天上の最終戦争 2



藤田嗣治 作 「優美神」 (1946〜48年)

 藤田嗣治、60〜62歳の時の作品である。三美神を描いたものと思われる。70代にもっと若々しい溌剌とした色鮮やかな三美神を描いている。底知れぬ耽美心を感じる。


 私は、戦いの準備を始めました。死んでもいい、天上で戦えたら私は何の悔いも感じない。ヤサカトメの神の化身の茅乃と生死をともにすることが至上のことと思えてきたのです。イザナミ、八雷神、黄泉醜女(よもつしこめ)らに追われたイザナギは、髪飾りから生まれた葡萄、櫛から生まれた筍、黄泉の境に生えていた桃の木の実を投げて難を振り切った。それにご神木の椋の木の実。霊力を持った植物の実、・・・これを集めておこう。そんなことを思っていました。

 死ぬ !!・・・止めてください。

 死んで、天上に昇り、貴女と生死をともにしたい。

 止めてください。・・・天上の神は究極光の束です。夥しい光の束が絡み合って戦うのです。だから、そんな武器など要りません。

 光 ?

そうです。貴方が光の束になることは、極めて難しい。

 ど、どうして・・・。

 越えなければいけない大きな障壁がいくつもあります。

 修行が足りない・・・。

 霊性という表現が当たっています。霊性も光の束です。

 霊性・・・。

 そうです。

 ・・・。

ひたすら祈ってください。それしか方法はありません。

 ひたすら祈れば何時しか、近づいてくる・・・。

 そうです。ひたすら。・・・ただ、天上は時を争う事態に至っています。間に合いません。

 じゃ、もう私は貴女と一緒に戦えない・・・。

 そういうことになります。・・・ただ、一つだけ方法があります。

 天上に住処を頂いたなら、貴方の場合、もう二度と地上に転生することは叶いません。・・・それでもいいですか。

 二度と人間には返れない・・・ ?

 そうです。特別な儀式を執り行いますが、それは、人間を捨てる儀式でもあります。

 人間を捨てる・・・?

そうです。それでもよければ・・・。

 ・・・。

 それから天上に昇れば、私の光の束の中に取り込まれます。貴方の分だけ私のエネルギーは増大しますから、私の戦力は増大します。光と光の戦いは一瞬で勝敗が決まります。霊性の強い方が弱いもののすべての光を飲み込んでしまいます。邪神の数は日増しに増大しています。私は早く天上に昇らねばなりません。

 ですから、私を戦力に使ってください !!

分かりました。それでは、お宮の方へ行きましょう。・・・いいですか、覚悟は出来ていますか。

 勿論です。

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天上の最終戦争 3

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天上の最終戦争 3




フェルナン・クノップフ作「ヴェネツィアの思い出」(1901年頃 姫路市立美術館蔵)


西洋美術史のなかで異彩を放つベルギーの幻想美術は、19世紀の産業化する社会背景から生まれた。画家たちの心象風景が描かれた作品は見るものの想像力を駆り立てる。彼のの作品はグスタフ・クリムトに影響を与えたといわれている。クノップフはどちらかといえば控えめで打ち解けない人柄であったが、彼の作品は存命期よりカルト的な人気を集めていた。レオポルド勲章を受賞している。


貴方は怖くないですか。怖いです、・・・しかし、茅乃さんについていきます。男の霊が私の中に入るということは、私としても経験がないので、極度に緊張しています、ただ、これからの儀式は男女を超えた高度なものですから、始まればお互い苦痛とか不安は感じません。貴女一人で儀式をなさる ? いや、巫女が二人手伝います、では・・・。そんな会話を社殿の中で交わしていると、二人の巫女が装束を正し、鈴を持って現れました。そして、鈴を鳴らしながら円を描いて舞い始めました。茅乃さんは神前に進み出て、拍手を打ち、祝詞を唱え始めました。すると、茅乃さんの体全体に金色の光がまとわりつきました。しばらくすると、眩しくて正視できないようになりました。それにつれ、私の体もふわっと浮いたような感覚が生じました。目を凝らしてじっと私を見てください。眩しくて・・・。いや、すぐに慣れます、いいですか、私の素の体をお見せします。いいですか、その姿を見た瞬間に、貴方はこの世の存在ではなくなります、・・・私の光の中の一部となります。えっ、・・・、そう言った途端、茅乃さんの光に包まれた体のシルエットが見えました。・・・カ、カンノン様。そう私が言うと、私の周りも光に包まれました。これで貴方は私の一部になりました。さあ、これから、天上に昇ります。・・・その言葉だけは聞こえましたが、それからは私の意識はなくなりました。

 

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天上の最終戦争 4 (最終回)

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天上の最終戦争 4




「Virgin Mary」 ( Giovanni Battista Salvi da Sassoferrato 1640-50年)

聖母マリアのアトリビュート(attribute・持ち物)としては、天の真実を意味する青色のマント(ヴェール)、純潔の象徴としての白百合(おしべのないユリの花)、神の慈愛を表す赤色の衣服が代表例として挙げられ、聖母マリアの象徴として数多くの西洋画に描かれている。・・・今までたくさんの絵画を引用させていただいた。許可されているものを主体として使わせていただいたが、中には連絡することなく使用させていただいたものもある。ここで、皆様に改めてお詫びをし、御礼申し上げます。最後に聖母マリア像を使わせていただたことに大きな意味があることを付言しておきます。ありがとうございました。


 司祭が天に昇っていった翌日、滝裏の隧道の奥にあるこの小さな村に異変が起きました。異変、・・・いや、不思議な自然現象と言った方がいいかも知れません。と言うのは、晴れていて雲一つないのに、時々稲光がしたり、ドーンという大きな音が鳴り響いたりしました。ですから、村人たちは通りに出て、不安そうに空を眺めていました。・・・昼過ぎになってもまだ同じような状態でしたので、村人たちは、お宮に出かけて「女王様」に祈っていただこうと相談しました。ところが、お宮に行くと、誰もいませんでした。ですから、一層不安を募らせていきました。誰もいない。あの若い男、陶山と言ったっけ、あの人も姿が見えない。ということは二人で駆け落ちしたんでは・・・。おいおい、駆け落ちするようなそんなことをする司祭様ではない。私は信じたい。まあ、それもそうだが、それにしても・・・。よし、それでは、私たちみんなで一緒にお祈りしようぜ。それがいい。それがいい。・・・村人たちは狭い社殿の畳の部屋で一心に祝詞を唱え始めました。その間も時々大きな音が伝わってきました。
 やがて夜を迎えましたので、三々五々村人は帰っていきました。そして、真夜中のこと、一段と大きな雷のような音が村中に響きわたりました。村人は一斉に外に出て辺りを眺めました。すると、お宮の大杉の樹が倒れて炎が噴出していました。大変だ、お宮が火事になる。そう口々に叫びながら男たちはお宮に駆けつけました。すると、杉が真っ二つに裂け、葉が焦げて燃えていました。


 桶を持って来い ! 川から水を汲んでくるんだ !!

おい、いいか、一斉にかけるんだ。揃ったか、それでは、いち、に、さん !!

まだ、まだ。もう一回やろう !!

合計十回水をかけると、火が消え、また、元の闇夜になりました。誰からともなく、お宮の中に入ると、中には司祭が倒れて蹲っていました。

 おい、京介、お前の出番だ。医術の心得があるから、しっかり診てあげてくれ。

 承知しました。しっかり診ます。・・・怪我はありません。脈がありますし、呼吸もしておられますので、これは一時的な失神の症状だと思います。

 そうか、それでは、背中から活を入れてくれ。

 承知しました。ご免ください、少し痛いかも知れません。・・・むっ 1 もう一度、えいっ 1

 すると、司祭は、うーん、と言いながら徐々に目覚め、虚ろな目つきで周りを見回しました。お宮の中に大勢の村人を見つけると、目元に笑みが浮かびました。

 みなさん、ありがとうございます。ご心配をおかけいたしました。

 京介、お手柄だ。よかった、よかった。

 あっ、長老、・・・どうもご心配をおかけしました。

 女王様、どうなされたのですか。昼は大変な異変が続いていましたが。

 そうでしたか。いや、私たちは出来る限りのことをしただけです。

 それは、どういうことですか。

 説明するほどのことではありません。当然のことをしただけです。

 そう仰っても分かりかねます。具体的に・・・、天上では、何が・・・。

 天上 ?

 一日中雷のような音が鳴り響いていましたし、稲光が続いていました。

 そうでしたか。いや、そうかも知れません。ただ、私たちは必死に戦っていただけです。・・・当然のことをしただけです。

 戦い ? 誰と戦っていたのですか。

 良からぬものたちを懲らしめていました。

 良からぬもの ?

 そうとしか言いようがありません。

 私らのために・・・。

 衆生救済のためです。

 聖戦 ?

いや、どうお考えになっても構いません。

 おおっ、みなの衆 !! 女王様に感謝の祈りを捧げよう !!

 ありがとうございます。しかし、結構です。そっとしておいてください。

 そ、そうですか。・・・分かりました。それではこれで引き上げます。

 ありがとうございました。・・・あっ、一つだけお願いがあります。

 女王様、なんなりと・・・。

 その、女王という言い方はこれから止めてください。

 えっ、じゃ、私たちはどうお呼びすれば・・・。

 茅乃と呼んでください。

 カヤノ ?

 ええ、そうです。漢字は・・・、いや、それはどうでもよろしいです。カヤノです。

 それで、上のお名前は ?

えっ、上の名前ですか。・・・陶山です。

 陶山 ? えっ、あの男の名前、・・・で、あの男はどこへ行ったのですか。

 あのお方は私の体の中にいます。

 ええっ、それはどういうことです。

 これもお分かりいただけないと思います。ええ、そうです。確かに私の中に・・・。

 そう言ったときに大きな驚きの声が社に響きわたりました。それから、口々に何かを言い合っていました。姫神はそのとき立ち上がりました。そして、白い手のひらを静かに合わせました。その神々しい仕草が村人を自然に鎮めました。                          (完)

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堀川めぐり 2

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堀川めぐり 2



堀川遊覧のHPの写真を許可を得て使用し、幸せ演歌「堀川めぐり/山本保子」の静止画バージョンを立ち上げました。視聴ください。ご支援をお願いいたします。

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美しき妖精たち

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美しき妖精たち


「とぎれとぎれの物語」で引用させていただいた絵画をスライドショウにまとめました。主として「ヴァーチャル絵画館」様のサイトから転用しました。ここに改めて御礼申し上げます。

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有村架純 主演舞台「ジャンヌ・ダルク」/総勢130名!圧巻の戦闘シーン公開

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有村架純 主演舞台「ジャンヌ・ダルク」/総勢130名!圧巻の戦闘シーン公開


なぜここで「ジャンヌ・ダルク」なのか ?

それには多少の理由がある。「画狂」と自称するsemotoが注目した絵があるからである。「オルレアンの眺め」。作者未詳である。オルレアンというと、かのジャンヌダルクが百年戦争でイギリス軍を撃退したことで有名だからである。



この絵について、何かご存知のお方があればコメントでお知らせください。よろしくお願いいたします。

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【MV】恋するフォーチュンクッキー / AKB48[公式]

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「・・・♪ 人生捨てたもんじゃない・・・」私はこの言葉に励まされました。唄、踊りとも素晴らしい !! と思ってよく見ています。

【MV】恋するフォーチュンクッキー / AKB48[公式]


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永井みゆき / 雨の木次線

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私が注目していた歌い手です。やっと、地元出雲を歌った唄が出来ました。先日、NHKにも出演していました。レコード大賞最優秀新人賞の受賞歴がある実力派です。特にさりげない澄み切った高音が魅力的です。

永井みゆき / 雨の木次線


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ZARD ALBUM COLLECTION MEDOLEY

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ZARD ALBUM COLLECTION MEDOLEY


この唄たちは永遠のヒット曲になると私は予想します。削除されないうちに貼り付けさせていただきます。(このところ貼り付けだけですが、こうしているうちに構想を練っています)

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「ジュピター」 。復興への祈り。 あの少女の事は決して忘れはしない。

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「ジュピター」。大震災からの復興への祈り。この少女の事は決して忘れてはならない。・・・私も心に誓っています。



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八重の桜 I Don't Want To Miss A Thing

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こういう大河ドラマは何度見ても感動する。福島の三春滝桜がシンボルツリーとして設定してあるのもいい。八重は滝桜の化身でもある。

八重の桜 I Don't Want To Miss A Thing


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夢千代日記  吉永小百合

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夢千代日記  吉永小百合


これを除いては日本の映画は語れないと思います。それほどの名作だと思います。日本髪姿でも最高の美をかもし出しています。

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私の棲家は・・・

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私の棲家は・・・





 奥入瀬の滝

無料ホームページ作成用素材 フリー素材屋Hoshinoより借用、多謝)

 空き家の管理人は、長柄さん、・・・ではない。誰だっけ。私は、最初は心地よかった空き家住まいに少しだけ違和感を持つようになっていました。ですから、早く我が家に帰りたくなりました。管理人、確かに貴方は私がずっとここ諏訪の人間だったと言っていた。けれど、私には全く記憶がない。だから、私の家はどこですか、とはっきり尋ねたい。ああ、そうだった。方丈さんに尋ねればよかった。などと考えながら二、三日そこで過ごしました。すると、ある朝、当の本人が訪ねて来ました。


 陶山さん、住み心地はいかがですか。・・・そうだ、忘れてた。食べ物はどうしていらっしゃいまかすか。

 ありがとうございます。近くのコンビニと百円ショップで何とか手に入れました。あのー、長柄さん、じゃなかった、あのー・・・。

 新田です。覚えておいてください。

 ああ、そうでした。新田さん、まさかここが私の家ではないでしょうね。

 それはこの前言った通りです。貴方はここが気に入って、借りたいと・・・。

 ああ、そうでした。新田さん、そうすると、私の家はどこにあるのでしょうか。それとも無いのでしょうか。教えてください。

 ふらっとやって来られたんで、どこのお方かよく分かりません。

 いや、貴方は私に諏訪の人間だと仰ったはず。

 あっ、そうでした。ええ、どう言ったらいいんでしょうか。誰かから聞いたんだと思います。空き家にやって来た人は、諏訪の裏滝の人だと・・・。その人は確かにそこで貴方を見たとか言ってました。

 裏滝ですか。

 そうです。

 どこにその町はあるんだすか。

 そうですね。ああ、ここから南を眺めますと、一際大きな山が聳えていますね。

 ええ、そうですね。

 500メートルくらいあると思います。あそこの谷を登っていくと、大きな滝があります。滝の正面から見ても見えないんですが、滝の裏には古い隧道があります。その奥に進みますと急に視界が開けてきます。のどかな村が広がっています。別天地ですね。浮世離れしている感じです。そこが裏滝の村です。

 桃花源記みたいな感じですね。

 そうです。桃源郷です。

 もしかして、そこに入ると出ることができないとか・・・。

 いや、そんなことはないと思います。現に貴方は出てこられた。

 面白い。行ってみたい。

 そうですか。じゃ、これから私の車で・・・。

 どうも・・・。

 断っておきますが、私は隧道には入りませんよ。

 ああ、やっぱり、何か怖いところなんだ。

 いや、村にはたくさん住んでいるので、そんな雰囲気ではないと思いますが・・・。

 新田さん、私の家があるところです。早く行きましょう。私はどうなっても構いません。

 分かりました。じゃ、すぐに・・・。・・・まもなく車が空き家の前に止まりました。新田さんがドアを開けてくれました。車はまっすぐに南の山に向かって走り出しました。私は次の章句を思い出していました。

「・・・初め極めて狹く, 纔かに人を通すのみ。 復た行くこと數十歩, 豁然として開。土地平曠として, 屋舍儼然たり, 良田美池桑竹の屬有り。 阡陌交も通じ, 鷄犬相ひ聞ゆ。 其の中に往來して種作するもの, 男女の衣著, 悉く外人の如し, 黄髮 髫を垂るも, 並に怡然として自ら樂しむ。・・・」

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